
後藤新平
身近な評価より、世界に通用する普遍的価値を追求する教え。
この言葉が心に響くのは、私たちが日頃、どうしても身近な世界やコミュニティの中での評価に意識が向きがちだからでしょう。会社での昇進、地域での名声、国の中での成功。それらは確かに達成感をもたらしますが、時に視野を狭めてしまうこともあります。 後藤新平は、そうした「内向きな視点」から一歩踏み出し、もっと普遍的で、国境を越えて人々に影響を与えるような価値を追求することの重要性を説いています。たとえそれが小さな一歩に見えても、世界全体に貢献するような本質的な行動こそが、真の価値を持つというメッセージです。 自分の行動が、より大きな文脈でどう意味を持つのか。この問いかけは、私たち自身の可能性を広げ、より高みを目指す勇気を与えてくれます。
日々の仕事や活動の中で、ふと「これでいいのかな」と立ち止まる時、この言葉を思い出してみてください。目の前のタスクや、身近な人からの評価に一喜一憂するだけでなく、自分の行動がもっと広い世界にどう影響するか、少しだけ視点を広げてみるのです。 例えば、あなたが作る製品やサービスが、遠い国の誰かの生活を豊かにするかもしれない。あなたの研究が、未来の社会に小さな光を灯すかもしれない。そう考えると、日々の地道な努力も、ぐっと意味深く感じられるはずです。 「世界の歴史に1ページ」と聞くと壮大に聞こえますが、それは「普遍的な価値」を意識する小さな心の持ちようから始まります。あなたの可能性を信じ、一歩踏み出すきっかけになるでしょう。

命もいらぬ、名もいらぬ、官位も金もいらぬというような人物は処理に困るものである。 このような手に負えない人物でなければ、困難を共にして、国家の大業を成し遂げることはできない。 しかし、このような人物は普通の人の眼では見抜くことができぬと言われるので、それでは孟子が「仁という広い家に住み、礼という正しい位置に立ち、義という大道を歩む。もし、志を得て用いられたら民と共にその道を行い、志を得ないで用いられなければ、独りでその道を実践する。そういう人は、どんな富や身分もこれを汚すことはできないし、貧しく身分が低いことによって心がくじけることもない。力をもってもこれを屈服させることはできない」と言っていますが、このような人物がいま仰せられたような人物のことでしょうかと尋ねると、その通りだ、真に道を行う人でなければ、そのような姿にはならないものだと答えられた。
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