自ら考えたり責任を取れない人間は、指導者を必要とし、それを強く要求するものだ。
戒めなければならないのは味方同士の猜疑である。 味方の中に知らず知らず敵を作ってしまう心なき業である。
光を与えれば、人は自ずと道を見つける。
皇帝と大臣は「愚民政策」をとるし、人民にもまた「愚君政策」がある。
為すべきことは熱を与えることではなく、光を与えることなのだ。
強い人々は、いつも気取らない。
敢えて天下の先とならず。
上善は水の如し。 水は善く万物を利して争わず。
他人に変わって欲しければ、自ら率先して変化の原動力となるべきだ。
あなたがやりたくないことを他人に頼むのは、フェアではありません。
偉大な人たちはアイディアについて話し、凡庸な人たちは出来事について話し、狭量な人たちは人々について話す。
善く敵に勝つものは争わず。
いい手本を示そうとする者は、自分の徳に微量の馬鹿げたところを添えなくてはならぬ。 すると人は見習って、同時にその模範を眼下に見下ろす。 – これが人々の好むところである。
ようやく戦乱も収まって平和になった。 よって維新の精神を貫徹することにするが、それには30年の時期が要る。 それを仮に三分割すると、明治元年から10年までの第一期は戦乱が多く創業の時期であった。 明治11年から20年までの第二期は内治を整え、民産を興す即ち建設の時期で、私はこの時まで内務の職に尽くしたい。 明治21年から30年までの第三期は後進の賢者に譲り、発展を待つ時期だ。
政治で特に大切なことは、教育文化を盛んにし、軍備を充実させ、農業を奨励するという三つである。 その他のさまざまな事柄は、すべてこの三つのものを実現するための手段である。 この三つのなかで、時勢によって優先順位が変わることもあろうが、この三つのものを後回しにして、それ以外のことを先にするということは、決してあってはならないことだ。
社長なんて偉くも何ともない。 課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。 要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。
為政清明
人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。 その代わり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。 自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。
命令を質問の形に変えると、気持ちよく受け入れられるばかりか、相手に創造性を発揮させることもある。
家族や友人や同僚のやる気を起こさせる唯一の方法は、協力したいと思わせることだ。 そして、感謝して正当に評価することと、心から励ますことなのである。