誰かのことを批判したくなったときには、世間のすべての人がおまえのように恵まれているわけではないということをちょっと思いだしてみるのだ。
学問とは相違を発見することに没頭することにほかならない。 学問とは識別の術である。
他人のパンの味がいかに塩辛く、他人の家の階段の上がり下がりがいかにつらいことか、あなたにも分かるであろう。
人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。 驕慢は驕慢を映し、謙遜は謙遜を映す。 人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなものといえよう。
ヘイト。 それは世界中でさまざまな問題を引き起こしてきた。 しかし、問題を解決したことは一度としてない。
皇帝と大臣は「愚民政策」をとるし、人民にもまた「愚君政策」がある。
さまざまな形で、人種差別がわたしというものを形成し、教育がわたしを解放しました。
他人の歯や眼を傷つけながら、報復に反対し、寛容を主張する、そういう人間には絶対に近づくな。
自分で盗賊だと名乗るものは用心する必要がない。 裏をかえせば善人だから。 自分で正人君子だと名乗るものは用心しなければならぬ。 裏をかえせば盗賊だから。
もしライオンの口の中にあなたの頭を入れてしまったら、ある日ふとライオンがあなたの頭を食いちぎったとしても文句を言えません。
悪は善のことを知っている。 しかし善は悪のことを知らない。
悪の最も効果的な誘惑手段の一つは闘争への誘いだ。
ひとりの思想家が進歩するのは、たとえそれが明々白々であるように思えても、自分の結論を遅らせることによってなのだ。
良き物語はひねり出すものではない。 蒸留により生み出されるものだ。
チェスと広告業は、いずれも同じくらい手の込んだ、人間の知性の無駄遣いだ。
間違った知識には注意せよ。 それは無知よりも危険である。
ある社会の文明の発達の度合いは、刑務所に入ってみることでわかる。
学問のある人とは、本を読んで多くのことを知っている人である。 教養のある人とは、その時代に最も広がっている知識やマナーをすっかり心得ている人である。 そして有徳の人とは、自分の人生の意義を理解している人である。
一番簡単で、いちばん明白な思想こそが、いちばん理解し難い思想である。
人は笑い方でわかる。 知らない人に初めて会って、その笑顔が気持ちよかったら、それはいい人間と思ってさしつかえない。