結婚の契約をしてからでなければ恋をしないというのは、 小説を終わりから読み始めるようなものである。
結婚は、多くの短い愚行を終わらせる。一つの長い愚鈍として。
過去のことは過去のことだといって片付けてしまえば、 それによって、我々は未来をも放棄してしまうことになる。
「お酒は?」「飲みません。現実から逃避する必要がないので……」 「私も現実には満足してますが、うまい酒は現実の一部ですよ」
結婚するのは、二人とも他に身の振り方がないからである。
死ぬなら楽に死ぬ。 苦しむなら治る。 どっちかにしてもらいたい。 苦しんだ上に死ぬなんて理屈に合わぬ。
もし人生をやり直すのだったら、私は結婚しないでしょう。
孤独が怖ければ結婚するな。
「あなた幸せなの?」 「あんまり幸せじゃないわ。でも人生ってそんなものよ。 私、ずっと悪いことを恐れて、いいことを取り逃してきたのね」
「いいことがある。僕達は結婚しよう」 「もっといいことがあるわ。結婚しないでおきましょう」
人の生き方に反対でも、変えさせるのはよくないわ。それに大抵手遅れだし。
カミソリは痛い、水は冷たい、薬は苦い、銃は違法、縄は切れる、ガスは臭い。 生きてる方がマシ。
死を恐れないのと、死にたいというのは違う。
どん底で終わるより、一夜の王でありたい。
私は儀礼上人生を受け入れる。 永久の反乱は自殺の崇高さと同様に悪趣味だからである。
私の人生は、一度もリハーサルのチャンスをもらえなかった公演のようなものです。
ライオンの雄にはたてがみがあり、孔雀には豪勢な羽があるが、 人間の男には三つボタンの背広しかない。
人生を楽しむ秘訣は普通にこだわらないこと。 普通と言われる人生を送る人間なんて、一人としていやしない。 いたらお目にかかりたいものだ。
自分の目標を達成している人、 あるいは今の自分に本当に満足している人には滅多に出会うものではない。 それなのに人生を左右するような問題の選択を大多数の意見に委ねるべきだろうか?
人殺しを許す慈悲は人殺しを育てるに等しい。