あらゆる真実は一度発見されれば理解するのは容易だ。 肝心なのは真実を発見することだ。
私は海辺で遊んでいる少年のようである。 ときおり、普通のものよりもなめらかな小石やかわいい貝殻を見つけて夢中になっている。 真理の大海は、すべてが未発見のまま、目の前に広がっているというのに。
哲学はわれわれの目の前にひろげられているこの巨大な書物、つまり宇宙に書かれている。
懐疑は発明の父である。
天体の動きなら計算できるが、群集の狂気は計算できない。
もし私が価値ある発見をしたのであれば、それは才能ではなく忍耐強く注意を払っていたことによるものだ。
聖書は我々にいかに天へ行くかを教える。 いかに諸天体が動くかを教えるのではない。
学者は、それゆえという言葉をしきりに使うが、なにゆえ、それゆえなのか俗人には分からない。 なにか、偉そうな言葉で誤魔化されているようだ。
どうして君は他人の報告を信じるばかりで、自分の眼で観察したり見たりしなかったのか。
人は、実際の恋愛対象よりも、自分で心に描き出した相手の像の方を一層愛する。 人がその愛する者を正確にあるがままに見るならば、もはや地上に恋は無くなるだろう。
愚者の実験が好きで、私は常にそれを行っている。
過ちを犯すことは恥ずべきことではない。 むしろその過ちがわかった後も、その過ちを改めようとしないで、繰り返すのは恥ずかしいことだ。
人にものを教えることはできない。 みずから気づく手助けができるだけだ。
男は知っていることをしゃべり、女は人に喜ばれることをしゃべる。
一を以て之を貫く
感覚が役に立たないとき、理性が役に立ち始めるのだ。
私たちは無知によって道に迷うことはない。 自分が知っていると信じることによって迷うのだ。
数学は、科学へとつながる鍵とドアである。
私は、何も学ぶべきものがないほど愚かな人に会ったことはない。
我、仮説を作らず。