真の政治家はリスクを背負うことを恐れない。
人はなろうとした人物にしかなれない。 だからといって、必ずしも良い条件に恵まれるわけではない。 だが、なろうという意志がなければ、その人物には決してなれない。
自分の評判を重視するなら、質のよい人々とつきあうべきだ。 悪い仲間といるより、独りでいた方がましである。
戦争に備えることは、平和を守る最も有効な手段のひとつである。
心配とは、取り越し苦労をする人々が支払う利息である。
投票(ballot)は弾丸(bullet)に似ている。 あなたはターゲットを見る前には投票しないだろう。 そして、そのターゲットはあなたの届かないところにいて、投票券をあなたのポケットのなかに入れさせておく。
偉人なくして偉業はない。 そして偉大になろうと決意した人物だけが偉人となるのだ。
幸福と道徳的義務は、密接に関係している。
それを伝えるのがだれであろうと、私は真実の味方だ。 それに賛否を唱えるのがだれであろうと、私は正義の味方だ。 私はなによりもまず人間だ。 だから人間として、人類全体に利益をもたらすものであれば、だれにでもどんな事柄にでも味方する。
意見の一致には危険が潜む。 何についても特定の意見を持たない人々を満足させようと試みることになりかねない。
憲法は、わたしが決して置き去ることのない道しるべだ。
料理や育児や掃除だけじゃなく、人生にはもっと大切なことがある。 私は食器を洗って一生を送りたくない。
私は意見の一致を求める政治家ではない。 信念の政治家だ。
多数に追随するな。 自分自身で決断せよ。 そして人々をも納得させ、リードしていけ。
行動にはつねに危険や代償が伴う。 しかしそれは、行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、取るに足らない。
私は楽観主義者だ。 それ以外のものであることは、あまり役に立たないようだ。
何が本当に自分の利益であるか、ということを知ることは容易ではない。
「目には目を」という古い法を守っていたら、世の中の人々はみんな目が見えなくなってしまう。
悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見いだす。 楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見いだす。
黙って服従することは、しばしば安易な道ではあるが、決して道徳的な道ではないのだ。 それは臆病者の道なのだ。