あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ。
自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。 なければなおいい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ。
ぼくは口が裂けても、アキラメロなどとは言わない。
危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。
なんでもいいから、まずやってみる。 それだけなんだよ。
どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。
悪とは何か? 弱さから生じるすべてのものだ。
この難を逃げ候こと本懐にあらず
正しい道を踏み、国とともに倒れてもよいというほどの精神がなければ、外国との交際を成し遂げることはできない。 外国の強大なことに恐れをなし縮こまり、ただ円満に事を収めることを主として、自国の真意を曲げてまで、その国のいいなりになるのなら、軽蔑や侮りを受け、親しい交わりがかえって破れ、しまいにはその国に制圧されるに至るであろう。
何度も何度もつらく苦しい経験をしてこそ、人の志は初めて堅くなるのだ。 真の男は玉となって砕けることを本懐とし、志を曲げて瓦となって生き長らえることを恥とせよ。 我が家の遺訓。 それは子孫のために良い田を買わない、すなわち財産を残さないということだ。
人間を堕落に導くもっとも大きな悪魔は、自分自身を嫌う心である。
私は、敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者の方を、より勇者と見る。 自らに勝つことこそ、最も難しい勝利だからだ。
打てない時期にこそ、勇気を持ってなるべくバットから離れるべきです。 勇気を持ってバットから離れないと、もっと怖くなるときがあります。 そういう時期にどうやって気分転換をするかは、すごく大事なことです。
君の魂の中にある英雄を放棄してはならぬ。
世間的に申し分のない夫や妻であっても、相手が欲していなければ、それは悪夫、悪妻です。 そんな時はさっさと別れて、自分の良さを認めてくれる相手を探すことです。
「なぜ生きるか」を知っている者は、ほとんど、あらゆる「いかに生きるか」に耐えるのだ。
人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。 だけど、信念を放り投げちゃいけない。
人の言うことなんて気にしちゃだめだよ。 「こうすれば、ああ言われるだろう・・・」 こんなくだらない感情のせいで、どれだけの人がやりたいこともできずに死んでいくのだろう。
何かを始めるのは怖いことではない。 怖いのは何も始めないことだ。
不可能は、小心者の幻影であり、権力者の無能の証であり、卑怯者の避難所である。