もしライオンの口の中にあなたの頭を入れてしまったら、ある日ふとライオンがあなたの頭を食いちぎったとしても文句を言えません。
悪は善のことを知っている。 しかし善は悪のことを知らない。
悪の最も効果的な誘惑手段の一つは闘争への誘いだ。
ひとりの思想家が進歩するのは、たとえそれが明々白々であるように思えても、自分の結論を遅らせることによってなのだ。
良き物語はひねり出すものではない。 蒸留により生み出されるものだ。
チェスと広告業は、いずれも同じくらい手の込んだ、人間の知性の無駄遣いだ。
間違った知識には注意せよ。 それは無知よりも危険である。
ある社会の文明の発達の度合いは、刑務所に入ってみることでわかる。
学問のある人とは、本を読んで多くのことを知っている人である。 教養のある人とは、その時代に最も広がっている知識やマナーをすっかり心得ている人である。 そして有徳の人とは、自分の人生の意義を理解している人である。
一番簡単で、いちばん明白な思想こそが、いちばん理解し難い思想である。
人は笑い方でわかる。 知らない人に初めて会って、その笑顔が気持ちよかったら、それはいい人間と思ってさしつかえない。
間違いを犯してばかりの人生は、何もしなかった人生よりも、あっぱれであるだけでなく、役に立つ。
女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注される親切を嬉しがる性質が、男よりも強いように思われます。
謙虚な人は誰からも好かれる。 それなのにどうして謙虚な人になろうとしないのだろうか。
自分をその人より優れているとも、偉大であるとも思わないこと。 また、その人を自分より優れているとも、偉大であるとも思わないこと。 そうした時、人と生きるのがたやすくなる。
人生の悲劇は、人は変わらないということです。
女には本当に損な時がある。 男に良くしてやって愛していることを見せれば見せるほど、それだけ早く、男は飽きてしまうのだから。
運はいろんな形をして現れる。 とすれば、どうしてそれがわかる?
人生について書きたいなら、まず生きなくてはならない。
もし腹をすかせた犬を拾って不自由なく暮らせるようにしてやれば、噛んだりしないものだ。 これが犬と人間の根本的な違いである。