男は目で恋をし、女は耳で恋に落ちる。
すべての悲劇というものは死によって終わり、 すべての人生劇は結婚をもって終わる。
単独者として生まれ、群棲者として生活すること。 その矛盾の幅が私達の生の最初の幅である。
人は異郷に生まれてくる。 生きることは故郷を求めることだ。 考えることとは生きることだ。
女性はたとえ自分を愛する男が野獣のようなものであろうと、 愛され崇められれば無関心ではいられないものだ。
もはや愛してくれない人を愛するのは辛いことだ。 けれども、自分から愛していない人に愛されるほうがもっと不愉快だ。
みずから苦しむか、もしくは他人を苦しませるか。 そのいずれかなしに恋愛というものは存在しない。
同じ生活を営み、 お互いに愛し合っている二人の人間が、 どの点までお互いに謎であり、 城壁をめぐらしていることができようか。
人間は今だかつて結婚に満足したことがない。 たとえ結婚する当人同士が満足していても、他の人間が満足しないのである。
「珠玉の時間を無為に過ごさないように」と注意を受けたことがあるだろうか。 そうなのだが、無為に過ごすからこそ珠玉の時間となる時もある
男が女を愛する第一の条件は、 その女が自分の気に入るかどうか、ということである。 ところが女にあっては、もう一つの条件がいる。 それは、自分の選択が他人に気に入られるかどうかということである。
真面目に恋をする男は、 恋人の前では困惑し、拙劣であり、愛嬌もろくに無いものである。
生きる、それはじぶんの運命を発見することである。
キスをするときに、目を閉じない女を信用するな。
恋のいいところは、階段を上る足音だけであの人だって分かることだわ。
あなたがたのなかにはいつでも貧しい者がいるだろう。 というのは、いつでも富める者がいるからなのだ。 富める者、すなわち、所有よりも権力のほうを求める貪欲で冷酷な者が。
新聞・雑誌は嘘の巣窟だ。そして読者の大半は、その嘘にまるめこまれる可能性がある。
誰もが幸福についてしゃべる。 しかしそれを知っている人はほとんどいない。
よい女房をもらおうと思ったら、ダンスの輪の中から選ばずに、 畑で働いている女性の中から選ばなくてはならない。
酒飲みは自分では節酒していると思っているように、 青年たちはみずからを利口だと思いがちだ。