人生には選ばなければならない瞬間がある。 自分自身の人生を充分に、完全に、徹底的に生きるか、社会が偽善から要求する偽の、浅薄な、堕落した人生をだらだらと続けるかの、どちらかを。
人生は将棋と同じで、読みの深い者が勝つ。
人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時なのでなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来に成し遂げる展望がわき上がるのを感じたときなのだ。
貧乏に対する恐怖に人生を支配させてしまえば、その報酬として食べていくことができるだろう。 しかし生きることはできなくなる。
危険を冒して前へ進もうとしない人、未知の世界を旅しようとしない人には、人生は、ごくわずかな景色しか見せてくれないんだよ。
人間は理由もなしに生きていくことはできないのだ。
幸せかどうかは、自分次第である。
不幸な人の共通の過ちは、わが身に幸せが訪れることを、決して信じたがらないことである。
人生は、自分を見つけるためにあるのではなく、自分を創造するためにある。 だから、思い描く通りの人生を生きなさい。
限定された経験は、限定された人生を生み出す。
止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい。
人生の目的は、目的のある人生を送ることだ。
大切なのは自分が望んだように生きること。 そして、それを続けること。 お金があっても不幸な人生をおくるより、ずっと満足できるはず。
なりたかった自分になるのに遅すぎるということはない。
我々は、他の人たちと同じようになろうとして、自分自身の4分の3を喪失してしまう。
吹いている風がまったく同じでも、ある船は東へ行き、ある船は西へ行く。 進路を決めるのは風ではない、帆の向きである。 人生の航海でその行く末を決めるのは、なぎでもなければ、嵐でもない、心の持ち方である。
世間からよく思われることよりも、自分が心からやりたいことを見つけ出すこと。 そして、自分らしく生きていくことのほうがずっと大切であるということ。
夢を見るから、人生は輝く。
夢中で生きることを、「生きる目的」にする。
速度を上げるばかりが、人生ではない。