人間のプライドの究極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか。
皮肉屋とは、あらゆるものの値段を知っているが、何ものの値打ちも知らない人間のことである。
敢えて天下の先とならず。
弱虫は、幸福をさえおそれるものです。 綿で怪我するんです。 幸福に傷つけられる事もあるんです。
君のような秀才にはわかるまいが、「自分の生きていることが、人に迷惑をかける。僕は余計者だ」という意識ほどつらい思いは世の中に無い。
現実を現実として、あるがままに受け入れなさい。 物事をそれが進みたいように、自然に前に流れさせてやりなさい。
僕らはとても不完全な存在だし、何から何まで要領よくうまくやることなんて不可能だ。 不得意な人には不得意な人のスタイルがあるべきなのだ。
疑いながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事です。 どっちにしたって引き返すことは出来ないんだ。
遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える。
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。 明日のことを思い煩うな。 明日は明日みずから思い煩わん。 きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。
もっとも立派な武器はもっとも大きな悪をなす。 知恵深き人は武器に頼ることはしない。 彼は平和を尊ぶ。 彼は勝っても喜ぶことをしない。 戦勝を喜ぶことは殺人を喜ぶことを意味する。 殺人を喜ぶような人は、人生の目的に達することはできない。
人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また、「絶望」という観念にも同様にあざむかれる事がある。
誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。 しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。
人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。
あなたにとっての最も大きな冒険は、あなたの夢に生きること。
ものごとがあまりに完全だと、そのあとに決まって反動がやってくる。 それが世のならいだ。
目に見えるものが、ほんとうのものとは限らない。
何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何ももてないんじゃないかと心配してる。 みんな同じさ。
一人の人間の歴史において、もっとも重要なことは、その人が何を目的としたかということである。
上善は水の如し。 水は善く万物を利して争わず。