自分自身が何をしたいのかを、忘れてはいけません。
いま何がないかより、いま何があるかで発想しよう。
人は「けなげな人」に、手を差しのべる。
すべての答えは出ている。 どう生きるかということを除いて。
涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味は分からない。
人は常に前へだけは進めない。 引き潮あり、差し潮がある。
大きな山に登ってみると、人はただ、さらに登るべきたくさんの山があることを見出す。
国王であれ、農民であれ、家庭に平和を見いだせる者が、もっとも幸せである。
もし、私の持っているものが私を意味するなら、また、私が持っているものを失ってしまったら、私は誰なんだろう?
この世は興味あるもので満ち満ちている。 こんな素晴らしい世界で、だらだらと人生を送るのはもったいない。
何としても避けたかったのは、人生を振り返ったとき、映画しかないという事態です。
人生はいたって単純。 競争なんて本当は存在しないし、勝たなきゃいけないレースもない。
自然でない行いは、自然でない混乱を生む。
人は、不幸のときは一を十にも思い、幸福のときは当たり前のようにそれに馴れて、十を一のように思います。
何事も修行とおもひする人は 身のくるしみはきえはつるなり
社会生活は日々これ戦い、日々これ苦難。 その時に心が動揺するかしないかは、信念の有無で決まる。
トマトにねぇ いくら肥料をやったってさ メロンにはならねんだなあ
どんな遠くに旅をしても、その距離だけ内面へも旅をしなければ、どこへも行きつくことはできません。
一切の人生の果実は、その人が蒔いた種子のとおり表現してくる。
一番大切なことは、単に生きることではなく、善く生きることである。