勤倹身を持し、慈善人にまつべし。
相続はしたが、予は薩摩藩を自分の所有物とは思っておらぬ。 これは辱くも天子さまからお預かりしたものである。
国中の者が豊かに暮らすことができれば、人は自然とまとまる。人の和はどんな城郭よりも勝る。
死だなら 釈迦と孔子に追いついて 道の奥義を 尋ねんとこそ思へ
生死を度外視する決心が固まれば、目前の勢いをとらえることができる。 難局に必要なことはこの決心だけだ。
自分の価値は自分で決めることさ。 つらくて貧乏でも自分で自分を殺すことだけはしちゃいけねぇよ。
行いは己のもの。 批判は他人のもの。 知ったことではない。
古くから天下のことを行う者は、大義を本分とし、決して他人に左右されることなく、断固として志を貫く。 禍福や死生によって気持ちが揺れ動いたりするものではない。
世の中に無神経ほど強いものはない。
苦しいという言葉だけはどんなことがあっても言わないでおこうじゃないか。
国のために家が潰れても、家などは軽いものである。 世間が僕を狂っているといっても構わない。
事を成し遂げる者は愚直でなければならぬ。 才走ってはうまくいかない。
「朝に人としての道を悟ることができれば、その晩に死んでも悔いはない」という事こそが人の道である。 人としての努力をすることもなく、ただ死に向かうのは人の道ではない。
これよりは長州男児の腕前お目に懸け申すべく
私心さえ除き去るなら、 進むもよし退くもよし、 出るもよし出ざるもよし。
今さらに なにをかいわむ 遅桜 故郷の風に 散るぞうれしき 先生を 慕うてようやく 野山獄
少年の頃、読んだ本に「学問を成すなら世間から利口と思われる人になるな。世間から愚者と思われる人になれ。」とあったので世間から愚者と思われる人になろうと僕は願った。
わたしの職業はサッカー選手だ。 それがわたしの好きなことなんだ。
学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ。
いまの場合、一里行けば一里の忠を尽くし、二里行けば二里の義をあらわす。 尊王の臣子たるもの一日として安閑としている場合ではない。