我々の最も大きな誤りは彼女達が我々を愛していると信じていることではなく、 むしろ我々が彼女達を愛していると思いこんでいることである。
作り物の自分を愛されるより、ありのままの自分を憎まれる方がましだ
真実を語るのは実にむずかしい。青年でそれをできる者はまれである。
多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える
真理はたいまつである。しかも巨大なたいまつである。 だから私たちはみんな目を細めてそのそばを通りすぎようとするのだ。 やけどする事を恐れて。
本当の真実というものはいつでも真実らしくないものだ。 真実をより真実らしく見せるためには、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。 だから人間はつねにそうしてきたものだ。
この世の生活の幸福を求める私たちの計画はすべて幻想なのである。
人はつねに自分の幸福を望むものだが、 つねに幸福を見分けることが出来るわけではない。
人々が自分に調和してくれるように望むのは非常に愚かだ。
人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない。
僕ぐらい僕に似ていない者はいない。
愛する人に本当のことを言われるよりも、 だまされているほうがまだ幸せなときがある。
真理は「時」の娘であり、権威の娘ではない。
富を軽蔑する人間をあまり信ずるな。 富を得ることに絶望した人間が富を軽蔑するのだ。 こういう人間がたまたま富を得ると、一番始末が悪い人間になる。
我々は、 幸福になるためによりも、 幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているのである
男は自分が幸福にしてやれる女しか愛さない。
我々の一生の前半は親によって、後半は子供によって台無しにされる。
我々はときおり、 悪夢から目覚めた瞬間に自らを祝福することがある。 我々はおそらく、死んだその瞬間をみずから祝福することであろう。
悪の定義は人それぞれに違うし状況で変わってくるけど、“他人を踏み台にする人”、これは絶対に、 誰が何と言おうと悪だと思う
人は自分が幸福であるだけでは満足しない。 他人が不幸でなければ気がすまないのだ。