やっぱ『死に方』より『生き方』だよな。
馬で行くことも、車で行くことも、 二人で行くことも、三人で行くこともできる。 だが、最後の一歩は自分ひとりで歩かなければならない。
人生は決して、あらかじめ定められた、 すなわち、ちゃんとできあがった一冊の本ではない。 各人がそこへ一字一字書いていく白紙の本だ。 生きて行くそのことがすなわち人生なのだ。
私は賢明に思慮をめぐらし、愚かに行動し、一生の日々を送った。
私には、これから一生やっていけるだけの金がある。何も買わなければ。
「僕はずっと山に登りたいと思っている。……でも明日にしよう」 おそらくあなたは永遠に登らないでしょう。
運をつけるためにしていることとは? 他人がポイッて捨てた運を拾っているんです
金がないから何もできないという人間は、 金があってもなにも出来ない人間である。
人間は判断力の欠如によって結婚し、 忍耐力の欠如によって離婚し、 記憶力の欠如によって再婚する。
貸すならば、なくしても惜しくないだけの額を貸すことだ。
ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。 あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない。
楽しい顔で食べれば、皿一つでも宴会だ。
もし、人生に再版があるならば、私は改訂したい。
愛する女と一緒に日を送るよりは、愛する女のために死ぬ方がたやすい。
貧しさは貧しいと感じるところにある。
真理は、我々が持っているもののうちで、もっとも価値あるものだ。 節約しようではないか。
人生は全て次の二つから成り立っている。 したいけど、できない。できるけど、したくない。
今あなたが不運な状態にあるなら、 それはあなたがそうなるように仕向けた結果です。 逆に、今あなたが幸運に恵まれているなら、 それもあなたがそうなるように仕向けた結果です。
自分の人生がレールに乗せられて、ゴールが見えているのは嫌でした。 それよりも線路からヒョイと降りて、どこに行くかわからない人生の方が面白そうだと思った。
流れ進むのはわれわれであって、時ではない。