不滅とは未来のない観念である
多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える
本当の真実というものはいつでも真実らしくないものだ。 真実をより真実らしく見せるためには、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。 だから人間はつねにそうしてきたものだ。
この世の生活の幸福を求める私たちの計画はすべて幻想なのである。
なんと速やかに我々はこの地上を過ぎて行くことだろう。 人生の最初の四分の一はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、 最後の四分の一はまたその楽しさを味わえなくなってから過ぎて行く。 しかもその間の期間の四分の三は、 睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。 人生は短い。
人はつねに自分の幸福を望むものだが、 つねに幸福を見分けることが出来るわけではない。
人間には幸福のほかに、 それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。
人生はほんの一瞬のことに過ぎない。 死もまたほんの一瞬である。
我々は、 幸福になるためによりも、 幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているのである
我々の一生の前半は親によって、後半は子供によって台無しにされる。
我々はときおり、 悪夢から目覚めた瞬間に自らを祝福することがある。 我々はおそらく、死んだその瞬間をみずから祝福することであろう。
話好きが暖炉に背を向けるように、 人は死と背中合わせになっている。
いくら長生きしても、最初の二十年こそ人生の一番長い半分だ。
幸福というものは、一人では決して味わえないものです。
人は自分が幸福であるだけでは満足しない。 他人が不幸でなければ気がすまないのだ。
人生にはただ三つの事件しかない。 生まれること、生きること、死ぬことである。 生まれるときは気がつかない。 死ぬときは苦しむ。 そして生きているときは忘れている。