女と車の運転は似ている。いずれは衝突する。
男というものは、女房が小難しいことを喋っているときより、 自分の食卓にうまい料理があるときのほうがもっと嬉しいものである。
お前がいつか出会う災いは、 おまえがおろそかにしたある時間の報いだ。
雨は一人だけに降り注ぐわけではない。
私自身の一部分は恐怖と困惑ともって死をながめ、 他の一部分はまず好奇心から、 とりわけ美と愛が充実して現われるのをみたいとの渇望から、 死を望んでいる。
陰口をきくのはたのしいものだ。 人の噂が出ると、話ははずむものである。 みんな知らず知らずに鬼になる。 よほど、批評はしたいものらしい。
私たちは死の心配によって生を乱し、 生の心配によって死を乱している。
術は技芸ではなく、芸術家が体験した感情の伝達である。
この地上における二人の暴君、それは偶然と時間だ。
過ぎ去りし麗しき日々は、再び我が元に返り来たらず。
人間は、死ぬことを密かに望んだので戦争をしたのである。 自己保存の要求は極めて深いものかもしれないが、死への欲情はさらに深い。
風立ちぬ!いざ生きめやも。
重く散って軽く掃かるる一葉かな
人生とは、切符を買って軌道の上を走る車に乗る人には分からないものである。
人は、他人と違っているのと同じくらい自分自身とも違っている時がある。
結果だけが強調されていて、練習でどのくらい成長したかなんて気にもとめられない。 どれだけ進歩しているのか、その過程は自分で楽しめ。 勝敗についてあれこれ思うのはやめるんだ。
人の心を暴き出すような格言に対して非難が集中するのは、自分の姿がそこに暴き出されるのが怖ろしいからなのだ。
金持ち連中の軽蔑には容易に耐えられる。 だが一人の恵まれない人の視線は、私の心の底に深く突き刺さってくる。
女性が鏡に映して自分を見るのは、自分の姿を見るためでなく、 自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。
私の人生というこの長い疾病。