未だかつて、自分は本当に幸福だと感じた人間は一人もいなかった。 ――もしそんなのがいたら、多分酔っぱらってでもいたのだろう。
我々は他人が幸福でないのを当たり前だと考え、 自分自身が幸福でないことにはいつも納得がいかない。
人生の小さな不幸せは、 我々が大きな不幸を乗り越えていくのを助けてくれる。
僕が死を考えるのは、死ぬためじゃない。生きるためなんだ。
我々は翼が欲しいという欲望を持っている。 にもかかわらず結局は空を飛ぶことはできない。 要するに、我々は幸せなのだ。 さもなければ、空気はやがて吸うに堪えなくなるに違いない。
結婚は鳥カゴのようなものだ。 カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ入りたがり、 カゴの中の鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。
人生における無上の幸福は、自分が愛されているという確信である。
人間として最大の美徳は、上手に金をかき集めることである。 つまり、どんなことがあっても他人の厄介になるなということだ。
生は全ての人間を水平化するが、 死は傑出した人をあらわにする。
私達の一切の悩みは、 私達が孤独で存在し得ないということから生まれてくる。
人は、自然の悪を知ることを学んで死を軽蔑し、 社会の悪を知ることを学んで生を軽蔑する。
墓の下に眠っている人々を羨まなければならないとは、何という情けない時代だろう。
人生とは面白いものです。 何かひとつを手放したら、それよりずっといいものがやってくるものです。
王様であろうと百姓であろうと、 自分の家庭で平和を見出す者が一番幸福な人間である。
喜んで行ない、そして行ったことを喜べる人は幸福である。
恋は富よりもはるかに強い。 けれど恋はその力を借りなければならない。
恋は多く人生の苦痛を包むオブラートなり。
女は計算が大好きだ。 自分の年齢を二で割り、自分のドレスの値段を倍にし、 夫の給料を三倍に言い、一番の女友達の年齢にいつも五を足すのである。
恋ははしかと同じで、誰でも一度はかかる。
ロマンを求める人間にとって、 恋はその人生の一番大切な位置を占め、 全てに優先される。