私は不幸にも知っている。 時には嘘による外は語られぬ真実もあることを。
この世界は、大勢の人に愛読される絵本のようなものである。 ページをめくって一つ一つの絵を楽しむが、原文の一行もみんな読みはしない。
純朴と純真な真実とは、いかなる時代においても時と場を得る。
男の顔は履歴書、女の顔は請求書だ。
人間は、 自分が他人より劣っているのは能力のためでなく、 運のせいだと思いたがるものだ。
近頃の若い者云々という中年以上の発言は、 おおむね青春に対する嫉妬の裏返しの表現である。
私は引用が嫌いだ。君の知っていることを話してくれ。
人間の細部において個別に判断するものこそ、もっとも真実を言い当てるだろう。
真実の文字は、「人間はこんなに不完全だ」からくる闘争を明らかにする。 われわれ人間は、悪事のできない天使でもないし、 高価な大望を抱くことのできない動物でもない。人間の闘争は続く。
期待なしに恋をするものだけが、誠の恋を知る。
真実のない生というのはあり得ない。 真実とはたぶん、生そのもののことだろう。
正義の尺度は声の多数ではない。
女はみんな結婚するほうがいい、 男は一人も結婚しない方がいい。
友情は多くは見せかけであり、恋は多くの愚かさにすぎない。
恋愛とはなにか。私は言う。それは非常に恥ずかしいものである。
「男女同権」とは、男の地位が女の地位まで上がったことなのです。
立法者にしろ革命家にしろ、平等と自由とを同時に約束する者は、 空想家か、さもなくば山師だ。
本を読んでも、物語や歴史に聞くところからでも、 真実の恋は滑らかに運んだためしがない。
諸悪の根源は金そのものではなく、金に対する愛である。
アダムは自由が欲しかったから食べたのではなかった。 禁じられていたからこそ食べたのだ。