結婚生活を末永く導いてゆくものは、普通の意味での恋愛でもなく、 また情痴の世界でもなく、それらを経た後に来る慈悲 ――人間のあるがままの姿への愛情であろう。
愛されているという驚きほど、神秘的な驚きはない。 それは人間の肩に置かれた神の指だ。
人は、自然の悪を知ることを学んで死を軽蔑し、 社会の悪を知ることを学んで生を軽蔑する。
墓の下に眠っている人々を羨まなければならないとは、何という情けない時代だろう。
人生とは面白いものです。 何かひとつを手放したら、それよりずっといいものがやってくるものです。
幸福、それは君の行くてに立ちふさがる獅子である。 たいていの人はそれを見て引き返してしまう。
男というものは……家ではまったく邪魔になります!
王様であろうと百姓であろうと、 自分の家庭で平和を見出す者が一番幸福な人間である。
喜んで行ない、そして行ったことを喜べる人は幸福である。
恋は富よりもはるかに強い。 けれど恋はその力を借りなければならない。
恋は多く人生の苦痛を包むオブラートなり。
私が女より男を好きなのは、彼らが男であるからではない。 彼らが女でないからである。
運命は我々の行為の半分を支配し、 他の半分を我々自身にゆだねる。
もし神が女性に男性を支配させたいと考えていたなら、 神はアダムの頭から女性を創ったであろう。 また、もし神が女性を男性の奴隷にしようと考えていたなら、 アダムの足から女性を作ったであろう。 だが、神はアダムのわき腹から女性を創り給うた。
恋というものは心から心に至るもっとも短い道である。直線である。
女性はどこから見ても低劣であり、 女性固有の領域においても全くの無能力であるにもかかわらず、 いぜんとして女性がハバをきかしているのは、結局は男性が愚鈍だからである。
埃は羽より軽く、風は埃より軽く、女は風より軽い。
私には女たちが象と同じように思える。 眺めるのは好きだが、家に欲しいとは思わない。
三つのものが強く女を動かす。利害と快楽と虚栄とである。
女が付属品を棄てるとどうしてこんなにも美しくなるのだろうか。