進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。
束縛があるからこそ、私は飛べるのだ。 悲しみがあるからこそ、私は高く舞い上がれるのだ。 逆境があるからこそ、私は走れるのだ。 涙があるからこそ、私は前に進めるのだ。
成果が出ないときこそ、不安がらずに、恐れずに、迷わずに一歩一歩進めるかどうかが、成長の分岐点であると考えています。
壁というのは、できる人にしかやってこない。 超えられる可能性がある人にしかやってこない。 だから、壁がある時はチャンスだと思っている。
一羽のツバメが来ても夏にはならないし、一日で夏になることもない。 このように、一日もしくは短い時間で人は幸福にも幸運にもなりはしない。
迷う、ということは、一種の欲望からきているように思う。 ああもなりたい、こうもなりたい、こういうふうに出世したい、という欲望から迷いがでてくる。 それを捨て去れば問題はなくなる。
夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る。
人は心が愉快であれば終日歩んでも嫌になることはないが、心に憂いがあればわずか一里でも嫌になる。 人生の行路もこれと同様で、人は常に明るく愉快な心をもって人生の行路を歩まねばならぬ。
人生に失敗がないと、人生を失敗する。
私たちの生きているこの世で起きることにはすべて原因がある、これが「因」です。 起こった結果が「果」です。 因果応報というように、必ず結果は来るのです。
人生という試合で最も重要なのは、休憩時間の得点である。
大きくても30センチほどのヤマメと、その倍もあるサクラマスが、もともとは同じ魚だということをご存じですか? 川での生存競争に敗れたヤマメの一部が、餌を求めて海へと下り、餌が豊富な海を回遊するうちに大型化したのがサクラマスなんだそうです。 そのときは負けたように思えても、自分で自分に見切りをつけなければ、人生に「負け」なんてものは存在しません。 人と競うのではなく、できることから少しずつ努力を重ね、昨日の自分よりちょっとだけでも成長しようと心がける。 そうすれば、いつの間にか、サクラマスのようにグーンと大きくなっているはずですよ。
人間にとって最高の幸福は、一年の終わりにおける自己を、その一年の始めにおける自己よりも、遥かに良くなったと感ずることである。
一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世上の第一要件である。
船荷のない船は不安定でまっすぐ進まない。 一定量の心配や苦痛、苦労は、いつも、だれにも必要である。
絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。 それがもっとも素晴らしい偉業である。
毎日をその日の収穫高で判断せずに、まいた種で判断しなさい。
もう一歩。 いかなる時も自分は思う。 もう一歩。 今が一番大事なときだ。 もう一歩。
ここにストレスに対処するための二段階の処方がある。 第一ステップ、小さなことにくよくよするな。 第二ステップ、すべては小さなことであるのを忘れるな。
人生は学校である。 そこでは幸福より不幸の方が良い教師である。