人はいつだって、いろいろなものにさよならを言わなければならない。
人生を喜びなさい。 なぜなら、人生は、愛し、働き、遊び、星を見つめるチャンスを与えてくれたのだから。
生きる喜びとは主役を演じることを意味しない。
大人とは、裏切られた青年の姿である。
平凡から非凡になるのは、 努力さえすればある程度の所まで行けるが、 それから再び平凡に戻るのが、難しい。
人生は、私たちが人生とは何かを知る前にもう半分過ぎている。
愛情とはからだとからだをよせて、さむさをあたためあうことなのだ。
傷ついたのは、生きたからである。
A「あなたが一番影響を受けた本はなんですか」 B「銀行の預金通帳だよ」
人間元来一人で生まれて一人で死んでいくのである。 大勢の中に混じっていたからって孤独になるのは、わかりきったことだ。
娘のために死ねない。 どうしても小学校の授業参観に行きたいんだ。
もっとも偉大な人々は、人に知られることなく死んでいった。 人々が知るブッダやキリストは、第二流の英雄なのだ。
貧乏には、楽しいことが沢山あるに違いない。 でなければ、こんなに沢山の人が貧乏であるわけがない
人間に課してきた人生を神も生きてみよ、という判決が突きつけられたら、神は自殺するだろう。
どんな幸運な人間でも、一度は死にたいほど悲しくてつらいことがある。
財布が軽ければ心は重い。
生まれたことは確かに我々の結果なのである。 死ぬということは問題外である。 生きることが我々の喜びであり、法則なのである。
吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果、不自由を感じて困っている。
人間は、みんなに愛されているうちに消えるのが一番だ。
人間の自由を奪うものは、悪法よりも暴君よりも、実に社会の習慣である。