身を浅く思ひ、世を深く思ふ。
観見二つのこと、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、それが兵法の要である。
一理に達すれば万法に通ず。
空を道とし、道を空とみる。
勝つことばかり知りて、負くること知らざれば、害その身に至る。
主従や友達の間が不和になるのは、わがままが原因だ。
世におそろしいのは、勇者ではなく、臆病者だ。
人は負けることを知りて、人より勝れり。
己を責めて、人を責むるな。
人生に大切なことは、五文字で言えば「上を見るな」。 七文字で言えば「身のほどを知れ」。
武将が陥りやすい三大失観。 一、分別あるものを悪人と見ること 一、遠慮あるものを臆病と見ること 一、軽躁なるものを勇剛と見ること
人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じだ。
剣法を学ぶ所以は、ひとえに心胆練磨。 もって、天地と同根一体の理を果たして、釈然たる境に、到達せんとするにあるのみ。
一日ひとつずつの教訓を聞いていったとしても、ひと月で三十か条になるのだ。 これを一年にすれば、三百六十か条ものことを知ることになるのではないか。
得意絶頂のときこそ隙ができることを知れ。
たとえここ(英国)で学問をして業が成っても、自分の生国が亡びては何の為になるか。
およそ勝負は時の運によるもので、計画して勝てるものではない。 功名は武士の本意とはいっても、そのあり方によるものだ。 いまその方の功名は軽率な動きである。 一方の大将となろうとする者は、そのような功名を願ってはならぬ。 身の危ういのをかえりみないのは、それほど手柄と言うことはできない。 今後はこの心を忘れるな。
今日の学問はすべて皆、実学である。 昔の学問は十中八九までは虚学である。
生まれながらに才能のある者は、それを頼んで鍛錬を怠る、自惚れる。 しかし、生まれつきの才能がない者は、何とか技術を身につけようと日々努力する。 心構えがまるで違う。 これが大事だ。
国の安危存亡に関係する外交を軽々しく論じ去つて、何でも意の如く出来るが如くに思ふのは、多くは実験のない人の空論である。