もっとも立派な武器はもっとも大きな悪をなす。 知恵深き人は武器に頼ることはしない。 彼は平和を尊ぶ。 彼は勝っても喜ぶことをしない。 戦勝を喜ぶことは殺人を喜ぶことを意味する。 殺人を喜ぶような人は、人生の目的に達することはできない。
人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また、「絶望」という観念にも同様にあざむかれる事がある。
誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。 しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。
人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。
あなたにとっての最も大きな冒険は、あなたの夢に生きること。
ものごとがあまりに完全だと、そのあとに決まって反動がやってくる。 それが世のならいだ。
目に見えるものが、ほんとうのものとは限らない。
何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何ももてないんじゃないかと心配してる。 みんな同じさ。
一人の人間の歴史において、もっとも重要なことは、その人が何を目的としたかということである。
上善は水の如し。 水は善く万物を利して争わず。
人生には選ばなければならない瞬間がある。 自分自身の人生を充分に、完全に、徹底的に生きるか、社会が偽善から要求する偽の、浅薄な、堕落した人生をだらだらと続けるかの、どちらかを。
人生は将棋と同じで、読みの深い者が勝つ。
人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時なのでなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来に成し遂げる展望がわき上がるのを感じたときなのだ。
貧乏に対する恐怖に人生を支配させてしまえば、その報酬として食べていくことができるだろう。 しかし生きることはできなくなる。
危険を冒して前へ進もうとしない人、未知の世界を旅しようとしない人には、人生は、ごくわずかな景色しか見せてくれないんだよ。
人間は理由もなしに生きていくことはできないのだ。
幸せかどうかは、自分次第である。
不幸な人の共通の過ちは、わが身に幸せが訪れることを、決して信じたがらないことである。
人生は、自分を見つけるためにあるのではなく、自分を創造するためにある。 だから、思い描く通りの人生を生きなさい。
限定された経験は、限定された人生を生み出す。