他人のパンの味がいかに塩辛く、他人の家の階段の上がり下がりがいかにつらいことか、あなたにも分かるであろう。
登山の目標は山頂と決まっている。 しかし、人生の面白さはその山頂にはなく、かえって逆境の、山の中腹にある。
晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。 楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。
禍はいつも幸福の仮面をかぶって待っている。
戒めなければならないのは味方同士の猜疑である。 味方の中に知らず知らず敵を作ってしまう心なき業である。
最初は君が酒を飲む。 それから酒が酒を飲み、最後に酒が君を飲む。
近頃の人は、怒らぬことをもって知識人であるとしたり、人格の奥行きと見せかけたりしているが、そんな老成ぶった振る舞いを若い奴らが真似するに至っては言語道断じゃ。 若い者は、怒らにゃいかん。 もっと怒れ、もっと怒れ。
詩は音楽にならなかった言葉であり、音楽は言葉にならなかった詩である。
行き詰まりは展開の一歩である。
人間とは一日中に何百遍も菩薩となり悪魔となり、たえまなく変化している。
勝つは負ける日の初め、負けるはやがて勝つ日の初め。
人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。 驕慢は驕慢を映し、謙遜は謙遜を映す。 人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなものといえよう。
この門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ。
およそ「自分ほど苦労した者はありません」などと自ら云える人の苦労と称するものなどは、十中の十までが、ほんとの苦労であったためしはない。
あれになろう、これになろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。 世間に媚びずに世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる。
何かを言いたいから書くのではない。 何か言うべきことがあるから書くのだ。
真実は、すべての人が自由になるまで誰も自由にはなれないということ。
自由はもちろん金で買えるものではない。 だが、金のために売り払うことは出来る。
いいじゃないか、5年道草をくったら、5年遅く生まれて来たと思うのだ。
女の愛というものは、見たり、触ったりすることによって燃やし続けていなければ、どれほども続かないのである。