愛は最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思ってはいけない。
人は恋愛を語ることによって恋愛するようになる.
真の友愛においては、 私は友を自分のほうにひきつけるよりもむしろ自分を友に与える。
恋の味を痛烈に味わいたいならば、 それは片思いか失恋する以外にないだろう。
ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね。
男がもっとも情を込めて愛している女は 必ずしも一番愛したいと思っている女ではない。
愛の光なき人生は無意味である。
結婚とは、熱病とは逆に、発熱で始まり悪寒で終わる。
どんなに愛しているかを話すことができるのは、 すこしも愛してないからである。
一生の間に一人の人間でも幸福にすることが出来れば自分の幸福なのだ
女というものは、自分の美貌のために犯される行為ならば、悪い行為でも許す。
女に懲りるのは一度でたくさん。だれもがそう思いながら二度三度と繰り返す。
どんな男でも、ある女性を自分のものにしようとするときは、 その人が自分の愛に最もふさわしい女性であり、 自分がこんなに夢中になるのももっともなことだと思いこんでいるのである。 そして、それが迷いであったと気づくのは、 あとになって別の女を愛するようになったときである。
君の人生に女が入ってくる。 素晴らしいことだ。出ていってくれたらもっと幸福なのに。
芸術でも技術でも、いい仕事をするには、 女のことが分かってないとダメなんじゃないかな。
子供は食う権利がある。子供は遊ぶ権利がある。 子供は寝る権利がある。子供は叱られる権利がある。…… ところが本当に子供を叱る人が少なくて、怒る人が多いのである。
落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。
性本能なしにはいかなる恋愛も存在しない。 恋愛はあたかも帆船が風を利用するように、この粗野な力を利用する。
もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、 世界史の表情は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、 恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。
恋をした後のもっとも大きな幸福は、自分の愛を告白することである。